『ワッケわかんない!なんだよ、何でこんな空気読めないんだよバカ!ばかなの?ていうかばかなのっ?』

電話の向こうで、ウイルス相手に空気を読めと無茶を言っている英二は、大変ご立腹だ。
ただいま3年6組は新型インフルエンザの影響で学級閉鎖中。
うちの学校はなぜか慎重すぎるくらいの対応をとっていて、未だに閉鎖期間は丸1週間だ。

だから、英二は今学校に来られないし、家から出るのも禁止。
当然部活にも出られない。
アウトドア派の人間にとっては相当な禁欲生活だと思う。

『毎日毎日違う時間に電話かけてくんの!山ちゃんのバーカバーカ』

閉鎖中のクラスには、毎日担任から電話が入る。
出ないと疑われる、って訳ではないのかもしれないけど、これが出ない訳にもいかない。一種の心的プレッシャーだ。
と、これは自分も経験したからだけど。

英二のクラスの担任の先生は、何というか、良くも悪くも大雑把というか、アバウトな先生だから、電話の時間もまちまちらしい。

正直俺は、出席番号の関係かもしれないけど、毎日8時半を回る頃に掛かってきて、その日はそれっきり掛かってこない。
1週間ずっとそうだった。
だから出掛けようと思えば、いつだって出掛けられたし、実際1回だけ英二の買い物に付き合った。本当に短時間だったけど。

でも毎日違う時間に掛かってくる電話となればそう簡単に家を空けられない。
昨日はミスで2回掛かってきた、ってメールが入っていたし。

そんなわけで、不二のところにでも遊びに行こうとと企んでいただろう英二の機嫌が悪くなる一方だというのは目に見えていた。


まあ、実際体験した身、家から出られないのが意外と堪えることはわかっている。
それも英二みたいな性格ならなおさら。

だから、急激に増えたメールにも電話にも(普段だってないがしろになんてしないけれど)、出来るだけ彼のご機嫌がよくなるよう心がけていた。

だけど英二ももう限界みたいだ。
初日のメールから「ああ辛いかな」とは感じていたけど、昨日の夜と今日で完全に限界を迎えたんだと悟った。昨日の夜のメールは「もう明日どっか行ってきていい?いいよな?」だった。
危険信号だ。
かなり鬱憤がたまっている。
英二のことばで言うなら多分、「むずむずしちゃってムリ」だ。

何でこんなに必死になって家から出さないようにしてるのかと思ったけど、取り敢えずなだめて抑えて止めておいた。
ちなみに今日、集まって遊びに出掛けたところを見つかった6組の生徒がお説教と課題を課されたそうだ。止めておいて良かった。


電話を続けながら、歩き慣れた道を進む。
きっともう本を読みながらでも到着出来る気がする。やったことはないけど。

『大体さー、要は学校行かなきゃいいんじゃん。いいじゃんかちょっと遊び行くくらい!』
「まあまあ。あと4日だろ?もう半分だって」
『もう3日もガマンした!』
「授業なくなってラッキー、って言ってたじゃないか。課題提出日延びたんだろ?……そういえば、ちゃんとやったのか?」

ここ何日か、宥める方に重点を置きすぎて忘れてた。

『……やってない、けど』
「こら。時間あったじゃないか、いっぱい」

怒ってるわけじゃないって分かるくらいの声で言う。

立ち止まる。
持っていた荷物を中指から後半3本に任せる。
空いた人差し指を立てる。
平和な音。



『だーってメンドいもん。数学の解き直しやんなくても死にゃしなー、う、ちょい』「待って、」


「や」


右手を挙げた。


「は?大石?う?あ、ニセモノ?」
「残念ながら本物です。触ってみる?」
「うん」

あ、ホンモノだー、なんて。
一目で解ってくださいよ。

「ってゆか、練習は?」

ドアを開けながら、ごもっともなことを訊かれた。

「手塚が見てくれてる。というより、さっさと行けって追い出された」
「誰に」
「皆に」
「ふーん」
「よって本日は作戦会議と行きます」
「アイアイサ!」

くるんと敬礼をしながら振り返った英二に、ずっと持っていた小さめの紙袋とコンビニのビニール袋を手渡す。

「母さんから。と、追加で甘いのとしょっぱいの」
「おーサンキュ!」

受け取って突っ掛けていたスニーカーを放り終えた背中に、もういちど呼びかける。

「英二、」
「ふ?」

「Happy Birthday!!」




菊丸英二くんハッピーバースデイ!
また学級閉鎖ネタかよ自分・・・。
青学のみなさんが大石君を追い出したのは、誕生日だからとか英二が荒れると面倒だからとか保護者なんだからどうにかしろとか多分そんなんです。
家族愛みたいなモンです。 

091128