「せんせー! 大石くんが神聖なる友情と青春のコンテナでエロ本読んでますー!」
「読んでません!」




今日は俺の誕生日で、小さい頃のように全身で喜ぶわけではないけれど何だか不思議な気分で、少しくすぐったいような、そんな感覚を味わっていた。
母さんも父さんも、去年と同じようにおめでとうを言ってくれて、妹も、普段より大分早く起きて俺が学校に行く前に祝ってくれた。寝不足じゃないといいけど。今日は早めに寝るかな。
きっと、俺が家に着く頃には、食卓はいつも以上にたくさんの手の込んだ料理でいっぱいになっているんだろう。

「大石」
「ああ不二、お疲れさん」
「そんなお母さんにプレゼント」
「は?」
「誕生日おめでとうございます。お金かけてなくて悪いけど、喜んでくれたらうれしいかな」

打ち合いを終えて、けれど涼やかな表情の不二に手渡されたのは、チョコレートの色にオレンジのリボンの薄い、本のような、

「ノート?」
「残念、外れ」
「ありゃ」
「ふふ、あとで見てみて」
「ありがとう、大事にするよ」

今は手塚が見てるからね、と言われた方に視線をやると手塚と目が合った。

ああまずい、そろそろ俺も行かないと。

「手塚もおめでとう言いたいみたいだからね、先越して悪かったかな?」

くるんと背中を向けて、けど早い者勝ちだよね、歩き出した不二の台詞に気の抜けた声が飛び出す。

ひとまずは貰ったものを折れないようにドアの傍らのカバンにしまって、ばたばたと手塚を中心にみんなが集合しているコートの端に走った。


それからはいつものように、それにプラスして、新入生の指導の指導をして、それなりにくたくたになってユニフォームから制服に着替えた。結局学校にいる間にもらったプレゼントを見る暇はなかった。

みんながそれぞれのタイミングでおめでとうを言ってくれて、慌ただしく校門を出て、日が延びてきたからかなんとなくゆっくり歩いて、どちらともなく気がつけば足はあの場所に向かっていて、腕を伸ばしてひょいと登ったところで、

「しょうがねーから今日は奢っちゃる」

英二が飛び降りた。
陽に透けて赤く染まった髪が見えなくなる。
下から飛んでくるカバンを受け止める。
また財布以外置き去りでいなくなったな。不用心め。

飛び出した飴やらプリントを整理してしまって、ファスナー全開で開けっ放しのカバンの口をしゃっと閉める。
高い位地に吹く風はまだひんやりしていて、練習後に学ランを来て火照った身体には心地いい。
片付けたカバンをぽんと置いて、両手を後ろについて一息ついてみた。うん、気持ちいい。

ふと思い出した。
結局不二に貰ったノートが何なのか見てなかった。

英二のの向こうに置いてあった自分のカバンを取って、深いコーヒー色を引っ張り出す。
開いてみると、

「アルバム?」

透明のフィルムがカサリと音を立てた。
縦に2枚見開きで4枚。
後ろから開いてしまったみたいだ。
何の気もなく180度ひっくり返して開き直してみる。

アルバムかあ、不二らしいなあ。

「……………あ」

一番はじめのページに、写真が2枚。
不二が撮ったものなんだろうと思う。

1枚は、みんながジャージでぐしょぐしょに濡れて大騒ぎしてるもの。
去年の合宿だった筈だ。
誰かが水道に腕をあてて水をぶちまけてそこにいた英二にかかって、仕返しをして別の誰かにかかってそこからは水の掛け合いになって、頭から水を被った手塚に怒鳴られるまでそれは続いてた。
いつのまにこんなの撮ったんだろう。カメラって濡れても平気なのか?

この1枚だって充分いつのまに撮ったんだろう、だけど、もう1枚、下側の方が本当にいつのまに撮ったんだ。全然気づかなかったぞ。
もう1枚は、その、多分どこかの試合中なんだと思うけど、俺がテニスしてる、のが大写しになってる。いつのまに撮ったんだ。正直恥ずかしい。

「……………」

黙って手早くページを捲る。
自分の誕生日に貰ったものだから、自分が写っているのはまあ不可抗力というか当たり前といえば当たり前だけど、出来るなら他の誰かと一緒に写ってるのがいいな。
さっきの夏の写真みたいな。

よかった。
次の4枚は、ひとりで写ってるものはない。どれも誰かと一緒だ。

バインダーを見ながら、後輩に指示を出しているもの、英二と次の試合の話をしているもの、合宿、体育祭。

学校で撮る集合写真やスナップ写真なんかより、よっぽど楽しそうだ、さすがだなあ不二。

やっぱり誰かと一緒に写ってるのがいいな、あんまり恥ずかしくないし。自分ひとり、っていうのは、うーん。うん、やっぱり俺みたいなのは恥ずかしいし、証明写真くらいで充分だろ。

そんなことを思いながら、ぱらぱらとページを捲る。
と、薄い紙切れがはらりと落ちた。
軽い風を受けて泳ぐ淡い黄色を慌てて捕まえる。
教科書に貼るようなサイズの付箋には流れるような不二の文字が並んでいる。

『誰かの相手をしてる時がいい表情だけど、英二に敵う人はいないみたいだね』

いい表情、って、なんだろう。

そう思ってよくよく見れば、なるほど確かに、英二の出現率は高い。制服でもユニフォームでも。
作戦会議してたり、たまたまふたりで弁当食べてたり、悪ふざけをして俺が止めていたりお説教をしていたり。英二は英二で楽しそうだったりむくれていたり。

いい表情、ねえ。俺なんかより英二の方がよっぽど「いい表情」してるんじゃないか。
英二は大体いつもこんな感じだ。そこがいいところだと思う。

でも俺も眉尻下げて情けなく笑ってたり真面目そうな顔をしてみたり、多分真剣に怒ってみたり、うん百面相。

「せんせー! 大石くんが神聖なる友情と青春のコンテナでエロ本読んでますー!」

正面若干下の方から声が飛んできた。
いつのまにか見入っていた暖かいアルバムから顔を跳ね上げる。
条件反射のように叫び返す。

「読んでません!」

よっ、という小さな掛け声と一緒に少し勢いをつけてビニール袋が投げられた。
痛くないように、固い部分を片手で掴む。アルバムはあぐらをかいた膝の上に。
次の瞬間にもうひとつ、今度は軽い、仄かに温かい、ビニールの部分を逆の手で掴んで受けとる。

「嘘つけえんなカオして」
「そんなってどんな」
「ニヤニヤしてる」
「してません!」

せめて、せめてあれだ、楽しそうな顔、とかにしてくれないだろうか。
ため息を吐きながらぺたんこのカバンを引き寄せてコンビニ袋と同時に飛んできた財布をしまう。
ざざーっと滑ってきた袋からペットボトルを取り出してキャップを開ける。
俺のすきなやつ。

「どうもごちそうさま」
「いーえお誕生日オメデトウゴザイマス」

半分減って渡された肉まんをかじって、半分のサイズになったピザまんを手渡す。まだ肉まんとかって売ってるのか。あとで聞いたけど、もうそこのコンビニしか置いてないらしい。アバウトだなあ。

「で? ムッツリの大石くんは何を見てにやけていたのかな?」
「だから違うって」
「何コレ。アルバム?」

ひょいと持っていかれる。
英二のペットボトルが空になっていた。

「今日な、もらった」
「不二?」
「あたり」
「ふーん、大石単体ってなくない、っとお?」

ひらり、一枚何か落ちた。
さっきの付箋よりも大きい。重いからか飛んではいかなかった。
英二の指が白いそれをぴっと挟む。

「手紙?」
「まあ封筒だしなあ、手紙かな」
「周助くんから秀一郎くんへ愛をこめてなラブレターじゃん?」
「何故」
「まーまー、菊丸さまが心をこめて音読しちゃるから聞いてなさいって」
「返しなさい」
「ぶー」

俺から遠ざけるように腕を伸ばされた。
それで裏返った面に、付箋と同じきれいな文字が見える。

「あ、ちょっと待て英二、貸して」
「む?」

『隣に君の相棒がいる時に見たほうがいいと思うよ』

「おれ? なんで?」
「さあ…不二俺たちがここに来るって思ってたのか?」
「大石オマエ不二に呪われてない? 大丈夫?」
「呪われて、はないと思う、多分」
「おれいるから中見ていんだな? よっしオープンザレター!」
「封筒ってレターじゃないだろ」

シンプルな封筒を持つ俺の手元を隣から身を乗り出して覗き込んでいる。肩の前に英二の頭がくる感じ。
口は留めてなかったから、簡単に中身を取り出せた。
紙じゃない。
写真?

「また写真?」
「アルバム入れちゃえばいいじゃん」

ちょうど裏返しで出てきた(多分)写真を表に返す。
なんだろう、公式試合で勝った時の写真とか、そういうのかな。

「い…?!」
「ぶ、あっははははははは!!」
「ちょ、これ、は…!」
「大石カオ青いー! ひ、は、っははははは!」
「笑い事じゃない!」

青い青い白い! なんて俺を指差して笑う英二の顔は思い切り笑って真っ赤になってる。
待て待て待てどうしてお前は笑ってる。恥ずかしいのは俺だけなのか?

腹を抱えて大爆笑する中学生と顔面蒼白で頭を抱えている中学生がコンテナの上に並んでいる図は、さぞかしおかしな光景だろう。けど今はそれどころじゃない。

とりあえず、同じ状況なはずなのにあんまりにもおかしそうな英二の顔を両手のひらで挟んでぐにゅんとして黙らせるところからはじめようと思う。


ああなんて百面相な誕生日!!




++++
「ふーじ」
「ああ英二、あれ見たよね?」
「うん、よく撮ったねあんなん」
「過去1年最強のスキャンダル写真でしょ?」
「スキャンダルな」
「どうだった?」
「面白かった」
「それは何より」
「でもあれあれだろ?」
「あ、バレた?」
「大石は気づいてないとおもうけど」
「言わなかったの?」
「面白かったから」
「はは」
「あれMK5っぽいけど、」
「うん、実際は作戦会議してるだけだよ」
「やっぱ」
「あ、そうだ英二」
「ん?」
「大石に伝言よろしく」
「ネタばらしすんの?」
「してもいいけどつまらないでしょ?」
「つまんない」
「じゃあ伝言よろしく。メモ1枚はがれちゃってたみたいでね、」


(対英二の時ってね、お母さんの表情がはがれやすいんだよ、って伝えといてね)


Happy Birthday, Dear Dear our MOTHER !!
(2010.04.30)




これって大菊って言って怒られないのかな…!
不二が悪戯で入れたマジでキスする5秒前的な写真で大石くんびっくり。デフォルトで顔が近くて角度がうまくいっただけだと思いますその写真わたしに売ってくれないかな。
それにしてもうちの黄金って不二ばっか絡んできますね!何故!