「たっだい〜」
「おかえり」

湿った髪のままの英二が薄暗い部屋に入ってくる。
大抵の時は最初を英二に譲るんだけど、ごくごくたまに言い出しっぺは英二で、ジャンケンで決まる時がある。
今日はそのごくごくたまにに当たった。

「ちゃんと髪乾かして来いっていつも言ってるだろ」
「えー」
「えーじゃありません」

無駄だと学びながらも、「タオルは」と聞けば「洗濯機ん中」と返ってくる。

軽くひとつため息をついてみせて、椅子に掛けてあった自分のバスタオルを手にちょいちょいと呼ぶ。
自分じゃ部屋での用途なんてないバスタオルをつい部屋まで持ち込むあたり、この一連の流れが定番化してるなぁなんて思う。

「風邪引いても知らないぞ。今日気温低いのに」
「メンドくせえもんいちいち」

てゆーか、ちゃんと拭いてきたじゃん!と言われるけど、まぁ、昔よりはマシかもしれないけど、ちゃんと乾いていないことに変わりはない。
ほら、滴ってるし。
Tシャツの肩の部分の色が変わってる。

「おーいしかーちゃんよりキビシーぞー」
「はいはい。舌噛むぞー」

容赦なくがしがし手を動かす。
目の前の頭ががこんがこんと左右に揺れる。

「何で点けないわけよ」
「あぁ、外、見えるかなと思って」
「にゃるほど」

電気を点けていない部屋は薄暗い。
けど、真っ暗ってわけじゃない。

普段なら入ってきた瞬間に問答無用で電気のスイッチを入れる英二だけど、今日は違った。

俺の足の間に座ったまま、頭だけタオルからすり抜けて、たまに出すローテーブルの上に手を伸ばす。
さっきよりは髪の先も上を向いているし、もういいかな。

「むぅ……。コレ、って、どっからいけばいいんだろ」
「花より団子ですか?」

顔は見えないけど、本気で悩んでいるんだろう英二に、苦笑いながらからかいをいれる。

「ノンノンノン。月よかお饅頭なの」
「風情がないなぁ」

英二の指先につままれているのは、饅頭のうさぎ。
2箱の内の片方は、母さんと妹にもてはやされているはずだ。英二はそういう心配りが出来る。

「なんか面白いから買ってきた!」と玄関先で渡されたそれはきっと、十五夜の売れ残り。
だけど、ただいつもどおり泊まる予定の日だった今日は、4羽の小さなうさぎとふたつの小さい月が来てお月見になった。

「月ならこっから見える、っていうか、見えないけど分かるしねー」

カーテンが全開のこの部屋には、路上の街灯のものだけじゃない、光が。


皿にひとつずつ残った甘いうさぎと丸い月に俺も手を伸ばした。


さぁ、中秋の名月とやらを、楽しんでやろうじゃないか。




10月10日の日記より。
今年たべたお月見うさぎがかわいかったんです。

英二は大石家の人間みんなから愛されてればいいと思います。妹ちゃんとかお母さんと仲良いといい!