『妹ちゃん、落ちついた?』

まるで、どこかで俺の様子を眺めていてタイミングを見計らったかのような時に携帯が鳴った。
光るサブディスプレイを確認しなくてもわかるメールの差出人は「菊丸英二」。着信音が他と違うのは本人の犯行。

気をつかってなんかいないような文章でいて、その底の部分には気づかいとやさしさが満ち満ちている。
本当に手が空いていない時は、あの頻繁に鳴るはずの着信音は不思議と聞こえない。稀に忙しい時に連絡が来ても、それは対応が遅くなっても相手が気にしないようにこっそり気がつかわれている。
その代わりなのかなんなのか少しでも手を離せる時のメール電話会話、あらゆるコミュニケーションは容赦がないのだけれど。

ある種超能力のようなエアリーディング能力に脱帽しながら、結局はその助けの手に甘えることにした。




(メールと卵とマグカップ)




風邪をひいたタイミングが悪かった。いや、風邪をひくのにタイミングも何もないけど。
こんなにころころ気温が変わる天気が続けば、俺よりも年下の身体の方が参ってしまうんだろうけれども。
何も頼りない兄さんとふたりきりの時だなんて不幸な時にならなくたって良かったと思うぞ妹よ。
両親は祖父母の用事に駆り出されていて一昨日から留守だ。

「なんか食べた?」
「食欲ないみたいで。次起きた時は流石に何か食べさせるけど」

取り敢えず出来るだけのこと、水を飲ませて熱を測って汗を吹いて湿ったパジャマからさらっとした水色のパジャマに着替えさせて、(本当は良くはないのだけれどあまりにも食欲がないので)不恰好なフルーツを食べさせて薬を飲ませる。
風呂に入れてやりたいところだったけれどそれは流石にかわいそうなので、一通りが済んで一息ついたところでのあのメールだった。

「熱出したの昨日なんだっけ?」
「そう。学校から連絡来てさ」
「夕飯は?」
「その時はまだ微熱だったから。ちゃんと食べてたよ」
「何食った」
「母さんが作り置いてったの」
「よしよし」

メールのあとすぐに出てきたくらいの時間に英二は来て、勝手知ったるで適当にコートを脱ぎ捨てて荷物を置く。
当たり前のように、じゃあ白粥でも作ってくと言って台所に入っていくのをもこもこしたコートを掛けながら聞いた。

「悪いな」
「いいえぇ! 優等生のオーイシくんの唯一最大の苦手科目ですからねえ」

さも可笑しそうに笑うから、こっちも苦笑するしかなかった。

「おれにしちゃ得意科目だけどなー」
「お見逸れしました」
「むう、頭が高い! 控えおろう控えおろう」
「ははあ」
「よいよい。にしてもアタマいいクセになーんでここまで料理は出来ないんかね」

ふざけた会話を続けているうちに、ほかほかした匂いがしてくる。
ま、その分妹ちゃんが鍛えられてんだし、と笑う。
英二はエプロンはつけない。多分似合うんじゃないかなあとは思うんだけど。

「うい、取ーりあえずこん中入ってっから。これあっためらんない程料理音痴じゃないっしょ」
「ありがとう、助かる」

洗って濡れた手を豪快にぱぱっと振ってリビングのソファに横向きでどっかと座り込む。
座り込んでそのまま後ろに倒れる。こてん。

「お疲れさんです」
「おー、なー大石ー」
「ん?」
「そこのさあ、おれのカバンの近くのー」
「これ?」
「おうそれそれ」

俺が差し出す厚手の紙袋を寝転んだまま受け取って、その体勢のまま器用に中身を取り出した。
手の届くローテーブルにことんことんと置いていく。

「おーいしースプーン」
「はいはい」

金色と銀色の華奢なスプーンをキッチンから取り出して手渡す。

「オマエ食う気満々だな」
「勿論食べさせてくれるんだろ?」
「ありがたく思うように!」
「恐れ入ります」

紙袋から出てきたのは4つのマグカップで、4つのマグカップを満たしているのは淡い黄色、普段見るのよりも薄いクリーム色をしたさっぱり甘い食べ物だった。
カップを手に取るとまだほんのりあたたかかった。

「うん、あまい」
「他に感想はないのかこの男は」
「うん、うまい」
「それでよし」




卵料理ならまかせてよ、ということで。一応卵料理。
大石君も菊丸君も妹ちゃんバカかわいがりだといいな。
うちの英二は兄貴放置で妹ちゃん構いにいったり!
100126