ばんっ!と音をたてて、壁に耳をあてる。
もう数十分も前に脱ぎ捨てられたオレンジ色のスニーカーは、テーブルの下にふたつばらばらに転がっていた。
明日の天気は晴れか曇りらしい。


「〜〜〜っ!かんわいいい!」


壁に耳なんてあてなくても聞こえてくるのは、
小さな子供の歌声だった。



ついさっきまで上機嫌で歌い続けていた英二が、突然何かにぴくん、と反応して、握りしめていたマイクをぽいと捨てて振り返った。
目はいつも以上にぱっちり開いて煌めきを放つ。
滅多に乗らない気分屋が、こんなところでテンションをマックス近くまで上げていると知ったら、全国のダブルスプレイヤーが泣くんじゃないか。

そして、「かんわいいい!」に至る。




「ううんぁあああヤバイヤバイヤバイよ何これすっげぇかわいい〜!!」

壁の薄いカラオケルームで、隣の部屋から漏れてくる音は懐かしの童謡やら流行りの曲やら。
男の子の声が2人分、おそらく兄弟だろう、絶えず聞こえるその声に、聞き入ってしまっているのが俺の相棒だったりして。


「英二子ども好きだもんな」

「かわいいこ限定ね!大石も好きっしょ?」

「まぁ、可愛いよ」


おぉアンパンマン、なんて言いながら、子どもの歌声に耳を傾けて、というか耳をくっつけている。

こいつのプレーに泣きを見た全国のダブルス選手には申し訳ないけど、これが菊丸英二なんだ。
ただ目の前の好きなこと面白いことに飛び付いて行く子どものような。
飛び付く先はテニスボールなのかお菓子なのかたまたま見つけた小さな子どもなのか。
それは誰にも予測できない。
多分、本人にすら予測なんてできていないんだろう。

本能のままに、楽しそうなにおいを察知して飛んでいってしまう。


予測不能のアクロバティック。


手綱を握ってコントロールだなんてそんな芸当、コートの中限定だ。
なら俺は、振り回されるだけ振り回されてやろうじゃないか。
後ろから操るのが無理なら、隣で見守ってやろう。



「あー、かわいかったぁ!なーんか充電できた気がする」

「満足?」

「ぶー。まだおーいしくんの美声が充電からっぽですぅ〜」



に、と笑って口をとがらせて、放り投げたマイクをつき出す。







「お前の方が可愛いよ」



なんて。
言ってみたらどうなるかな。






カラオケ、っていう場所を生かしきれなかった気がすごいします。

英二がしてることは、自分がカラオケでやらかしたことです。
だって可愛かったんだ!
自分がやると犯罪くさくみえるのに英二がやると途端に可愛い光景になるという罠。

独白が多くて読みにくいんじゃないかと思います。反省。