「なあ、何か今日全体的によ、若大人しくねぇか?」 ちょっと息が切れた宍戸の声に、みんながふりかえった。 今日はね、正レギュラーみんなでシングルスのゲームやってんの。 まぁ正直ほんとは、跡部がいないうちにやっちゃおーぜ!ってゆー作戦なんだけど。 元々は、正レギュひとり対準レギュの強い部員ふたりで、準レギュの方は負けたらどんどん交代していく、っていう、体力勝負みたいなメニューの予定だった。 あ、最初はちゃんとやってたよ?そのメニューも。 跡部いたC〜 でもでも、やっぱりさ、おれらより強いやつとか、おんなじくらいのやつとやった方がおもしれーじゃん? 何人も何人もこうかんこして、もうすっげーあきちゃったのね、おれ。 多分みんなそうだったんだよ。 で、おれもどんどん眠くなってきて、半分くらい寝てて、ってくらいの時に、跡部が生徒会のおシゴトか何かでいなくなっちゃったわけ! 言い出しっぺは向日。 それに速攻でやろーぜ!ってなったのが、俺と宍戸で、最初はダメですよ、って言ってたいいこの鳳はとーぜん「宍戸さんが良いなら」で。 忍足も忍足で多数決ならしゃーないわぁとか言ってたけど、あれ絶対面白そうだったよ? その間も日吉はずーっと黙ってて、すごく気になったんだけど、みんながコートに向かったときにすーって行っちゃって、ねぇねぇ、って言うタイミングに逃げられた。 あんま派手にやりすぎて跡部にバレたら絶対怒鳴られるから、コートいっこだけ占領して、あとは他のやつらにあげた。 ほら、そしたらさっき試合やったら休憩して、1周するくらいには元気!ってのもオッケーだしね。 何周かして、宍戸と忍足が帰ってきて、それと交代で、日吉と向日がコートに入った。 それが、んー、2分とか3分前くらい? 今おれたち休憩タイム組は、頭にタオルを引っかけたり、ストローをくわえたりしながら、日吉と向日の試合をみてる。 「大人しい、ですか?」 「あぁ。さっきコート入れよ、って呼んだ時もさ、いつもだったら何かしらオレらに声かけて行くとか、それかこう、なんつーんだ、向日にケンカ売る、って言うか挑発するとかさ」 「不敵な感じな。それはあるかもしれんなぁ」 「言われてみれば……そうですね」 「ジロー、お前何か知ってるか?」 「んーん。ひよがヘンなのは部活来たときから思ってたんだけどさー、なーんか、するーっていなくなっちゃうんだよー」 ほんとほんと。 なんか、部室に来たときから日吉はヘンだったんだ。 日吉より先に部室に来て寝てたけど、半分よりちょっとくらいは起きてた。 他のやつらなら気づかないか、宍戸とか向日とか、気づいててもほっとかれるくらいの、ハンパな感じ。 けど、日吉は絶対に呆れた声で起こしにくる。 「目が覚めてるなら起きてください」とか「さっさと着替えないと叱られますよ」とか言いながら、起こしにきてくれるんだ。 そういう、寝かただった。 ってゆーか、日吉が起こしに来てくれるのが好きなんだよね!おれ。 だけど今日の日吉はソファで中途半端なラインをキープしながら寝てるおれをあっさりスルーした。 「絶対、ヘンだもん」 頬っぺたを少しだけふくらませながら、ひとりで考えてた。 あ、ちゃんと日吉のこと見てるからね! 試合をしてるのに、いつもの、かっこいい笑いかたがない。 おれはかわいい日吉がすきだ。 でも、コートに立った時のかっこいい日吉も、おんなじくらいだいすきなんだ。 「ジロー、お前次若とだから、コレ終わって帰って来たら言っとけよ」 「わかったー」 はじめにテキトーにアミダで決めたから順番とかぐちゃぐちゃのオーダー表をつまんだ宍戸に返事をして、 じゃあ、帰って来たとこに、おもいっきり飛び付いちゃおうかな。うん、そーしよ! なーんて考えてた。 「あ!」 いつもなら、今の絶対ひろえてた。 けっこう浅目だったのに。 「日吉!オマエ今の、手ぇ抜いたろ!…………………へ」 「いえ…、すみませ、ん」 怒鳴りながら振り返った向日がびっくりして、おっきい目をもっとおっきくするくらい、日吉は肩で息をしてた。 他のやつらも、まじでなんかヘンだ、って思い始めたみたいで、きょときょとしてる。 その時だ。 「……っ、日吉っ?」 ぎりぎり、間に、合った。 多分おれ今、自己最高記録更新した。絶対した。 それくらい、必死だった。 くるっとネットに背中を向けて、白いラインに向かって歩いていた日吉の頭が、急にがくん、て、ひくくなって、気づいたらおれの足は勝手に動いてて。 地面にひざをつけた日吉がそのまま横に倒れる一瞬まえに、受けとめることができた。 頭を思いっきりぶつけるのは阻止できた。 いつもならありえないくらいのスピードで飛び出して、でも次にどうしたらいいのかわからなくて固まってるおれの周りに、他のみんなが集まってくる。 おれは今、地面に両方のひざをつけてそこに日吉の頭を抱え込んでる状態。 だから、みんなを見上げるかたちになる。 「宍戸……、日吉、あつい…」 そう、すっごくびっくりした。 今日の日吉がヘンだった、その理由。 受けとめて、さわった瞬間わかるくらい。 「すっげー、熱ある、……?」 動いたから、とか、もうそういうレベルじゃない。 それに元々日吉は、どんなにゲームで動いたって、こんなに体温が上がるタイプじゃないんだ。 普段感じることのないあつさに、びっくりして、おろおろして、なぜかナミダが出そうだった。 ++++ 当然それでゲームは、というより、おれらの練習はストッブして、いつも面倒見のいい宍戸と、なんでかやたらとてきぱきした忍足と、やっぱり手際のいい樺地が、「風邪だ」と判断をくだした。 その間、鳳はおたおたして向日はうろうろしてて、おれはぼーっとしてた。 別に放心状態とかそーいうんじゃなくて、ほんとはすっごく、日吉にはりついていたい。 けど、ジャマになる、ってわかってるから。 いつもおれにするときみたいに肩に担ぐんじゃなくてちゃんと抱きかかえて、樺地が日吉を部室まで連れていった。 誰にでもわかるくらい、心配そうな顔してる。 何だかんだで仲いいもんな。 落ち着いてる組の中で、「もう今日は帰した方がいい」って結論が出たとき、しまってた部室のドアがあいた。 最悪のタイミングだ。 おれさまブチョーさまが帰ってきてしまった。 「何してんだ?」って聞かれたから、樺地に話を振られる前に、忍足が日吉が熱だして倒れた、って説明した。 とーぜん、さっきまでやってたシングルスのことはいっこも話さない。 さすが氷帝の天才で、全然ばれないまま、跡部んちの長いクルマで日吉を送ってくことになった。 こないだ不二とキャラかぶりって言ってごめん。 「部室に大人数でいても邪魔なだけだ」って誰かが言って、みんなはぞろぞろドアの方に向かって行った。 おれがいつまでもそこから動かなかったから、部室から出る前に宍戸がちらってこっちを見たけど、おれの言いたいことっていうか、考えてることみたいなのはお見通しみたいで、いつもみたいに小さく笑って背中を向けた。 ありがと。 跡部がドアの外で電話して、樺地が日吉の荷物をまとめてる時に、今日はじめて、やっと、日吉の近くまで行けた。 さらさらの前髪が、おでこにはりついてた。 指ではらったとき、やっぱり、ほっぺは赤くて、熱かった。 「…………ひよしー…」 「……、なんです、か…」 寝てると思ったからちょっとびっくりしたけど、そのままつづけた。 「今日さ、なんで、」 「元々、そこまで体調が悪かった訳じゃ、ありませんから」 「うん。けどさ、向日と試合してる途中くらいから、ふらふらだったでしょ?」 「………………………」 やっぱりおれが言った通りだったみたいで、きゅ、と口を結んで黙りこくってしまった。 よく見るカオ。 でもおれがじーって顔を見てると、困ったような迷ったような怒ったような泣きたいような、そんなカオをして照れて、けど、結局は口を開いてくれる。 今日もそれは有効みたいだった。 「………最初、そんなに具合が悪かった訳ではないのは、ほんとうです」 「うん」 「でも、その……向日さんと、の」 「そん時に、電池きれちゃったんだよね」 あお向けに寝てるから小さくだけど、うなずいた。 「……ひよがさ、部活出たいってゆーのは、ちゃんとわかってるよ?」 今日はメニューがメニューだったしね。 けど、 けど、さ、 「…………おれがたおれちゃうよ」 「へ………?」 言ってることが、よくわかんないみたいだった。 だから、元々近かった距離をちょっと縮める。 「ひよがね、倒れたときね、すっげーからだ熱くて、おれが死んじゃうかと思った」 「…………大袈裟ですよ」 「ほんとだよ?だからね、あんま、むりしちゃダメだよ」 ほんとに、心臓とまりそうだったんだからね、って言って、いつもおれが寝てるソファに寝てる日吉の腕のあたりにおでこをくっつけたら、片っぽの耳から、小さい声が聞こえた。 「ん?」 「っ、だから………!その、」 「なに?」 「その、向日さんとの試合で、少し、………無理、してたのは、」 「うん」 「次の、試合が、あった……から、で………」 こーいう時の日吉は、他のやつが聞いたら、「誰?」って言うくらい、コトバが途切れとぎれになる。 そのぽつりぽつりとしたコトバを聞いて、一瞬固まって、その次の瞬間、おれは日吉に飛びついて抱きついて、クルマが来たらしくって戻ってきた跡部に殴られるまで、ぎゅうぎゅう締め付けてた。 「日吉の看病は、ジロー先輩がしてあげるからだいじょーぶっ!」 ――――――――― ――――― ――― 宍戸vs忍足 岳人vs日吉 ジローvs日吉 ――――――だって、あなたとなんて、滅多にないじゃないですか。 誰か私に、むだな描写を省くスキルをください……! 風邪引いたひよし。 気温差にやられたということで。 |