いつもは早寝早起きのあいつでも今日くらいは起きてるよな、って思ったら急に声が聞きたくなった。
そしたらすっげえ眠くなくなってきて、すぐに携帯のリダイヤルを開いた。

ほら、思い立ったがなんとか、っていうC!

『……はい』

ちょっと待って、やっと聞きたかった声が聞こえた。
なんかひよし、機嫌悪い? 怒ってるみたいな、かたい声だ。
まあ多分照れ隠しでしょう! 違かったら泣ける。

それでも声が聞けたのがうれしくて、おれの声は明るくなったに違いない。




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普段ならとっくに寝ている時間だったけれど、大晦日なのだから、という母親の一声で特にやることもなく本を読んでいた。
暫く読書に徹していると、基本的にあまり鳴らない携帯電話からのアップテンポな音楽が耳に届く。
連絡用に持ってはいるがあまり興味はないし鳴らす人の少ない携帯だから、着信音や待ち受け画面は初期設定のままだった。けれど聞こえてくるメロディは明らかに「着信メロディ1」じゃない。
あの人が勝手にいじって変えてしまった。

当たり前のように液晶画面に見える名前は、自分の予想通りで。
予想通りではあったのだが、驚いたことに変わりはなくて。

自分ではよくわからないが、電話に出るにしては結構な時間、画面を見つめたまま固まっていたようだった。

それでもまだ着信音は止まない。さっきからもう何回同じ旋律を聞いたのだろう。
軽い諦めと待たせてしまったという罪悪感を胸に、俺はようやく、電話に出た。

「……はい」

どうしてこうも、自分は無愛想なのだろう。
別に気にもしていなかったことを、この無邪気な先輩を相手にすると考えてしまう。

『ひよしー! 起きてた?』

嬉しそうな声を聞いたら、突然恥ずかしくなってきて、

「何ですか、こんな時間に」

結局はいつもと同じようになってしまった。
こうなるともう自分の態度がどうこうなんてことは考えられなくなる。
この先輩のひとことひとことに対応するので手いっぱいだ。

『うんあのなー、今日くらいは大晦日だし、日吉もめずらしく起きてるかなーって思って!』
「どうしてそれが電話してくることに繋がるんですか」
『なんか声聞きてえなーって思ったから』

本当に、
この人は。

「………こっちの気も知らないで」
『へ、なにー』
「なんでもありません独り言です」

こういう時だけ人の話を聞いているんだ。

『ひよし今なにしてんの?』

この人と話していると、いきなり話題が切り替わったり話に脈絡がなかったり主語が省略されたりするので、最初はすごく戸惑った。
珍しくテニスの話をしていたかと思えば、気がついたら裏庭の猫の話になっていたりする。
最近では慣れて、寧ろ読解能力がついてきたのではないかとすら思う。現国の成績が上がっていることを祈るばかりだ。

「起きてはいますけど、特にすることもないので、」
本を読んでます、と続けようとしたところに、
『じゃあ出かけようよ!』 と被せられた。




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出かけようよって誘ったら、呆れた声でおこられた。

『何阿呆なこと言ってるんですかアンタは。補導されますよ』
「ダイジョーブだって今日31日だよ? 去年宍戸たちと行ったときもふつうに平気だったし! な!」

おめえマジメだなぁって言ったら、じゃあ先輩方で行ったら良いじゃないですかって言われてしまった。ひどい。

「日吉と行きたいんだよー行こうよ初詣でくらい」
『だから、今何時だとおもってるんですか』
「だって会いたくなっちゃったんだもーん」

あれ、日吉だまっちゃった。
なんか怒るようなこと言った?
え、あのいや、照れ隠しですよね?

「ひよしー、ひよし? ひよー、ぴよー、ぴーよーしー、聞いてる?」

心配になっていっぱい呼んだら、アンタはいつもいつも、とかそんな口調したって可愛くないですとかか呟いた後、

『聞いてますよ……あとその呼び方やめてください』

ちゃんと聞いてたみたいだ。よかった。

『初詣でっていったって近くに神社なんてないでしょう』
「うん、だからさ、電車でー」
『却下です遠すぎます』

キャッカされてしまった……。
えー、会いたいのになーちょっともだめなのかなーなんて思ってぐずぐず言ってたら、はぁ、とひとつため息をついた日吉は、ダキョウアンなるものを出してきた。

『……明日なら』
「いいのっ?」

すぐに飛びついたらびっくりしたみたいで、少しあわてたみたいにだからそれまで我慢してください、って言った。

今日中に顔を見られないのはがっかりだけど、明日までガマンしよう。
もしかしたら、家族の次にいちばんに日吉に会えるのはおれかもしれないし! そしたらすげえラッキーだ。


わかった! って言おうとしたら、テレビのある部屋の方から鐘の音が聞こえてきた。

ってことはさ、




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『今年いちばんさいしょに日吉と話したのおれだな!』

電話の向こうの先輩は、性懲りもせずまた恥ずかしいことを言ってきた。
思ったことをすぐに口にするのは、素直というか、子供じみているというか。

まぁ、そこがいいところなんだろうけれど。

「いいかげん恥ずかしいこと言うの止めてください、切りますよ」

本当はそんなこと出来る筈もないし、する予定もないのだけれど。
慌てた声を聞いて、今までの仕返しだと満足した。
ので、少し遅くなったけれど、一年に一度の大切なひとことを。

「明けまして、おめでとうございます」
『おう! おめでと! 今年もよろしく!』

すぐに浮上してきた先輩と、ひとことふたこと話して、そして電話を切った。

居間に戻ると、随分長電話だったのね、と母親に言われた。確かにそうかもしれない。
普段誰かと連絡を取るなんてこともしないし、驚かれるのも当然だ。

そのまま明日出かける旨を伝えると、「"芥川先輩"?」と聞かれた。
すごく楽しそうだったら、と続けられると否定も出来ず曖昧な返事を返し、新年の挨拶をして、片付けの手伝いをして布団に入った。

朝起きる時間は変わらないのだし、そろそろ寝ないと朝が辛い。

数時間後には、おそらくあの小さな先輩に振り回される。
それは予想ではなくて予定なのだ。最早。





差し出がましいとは思いますが分かりにくいので一応説明させていただくと、
視点がころころ変わっています。
ひらがなばかりで読みにくい方がジロー視点、比較的かちかちした文章の方が日吉視点になっております。
最後だけは特に誰視点というわけではありません。天の声です。

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100102
加筆修正。
ジローの口調の変わりようにびっくり。




「で、結局初詣でには行けたのか?」
「トーゼン! ふたりで電車のって、去年みんなで行ったとこ行ってきた!」
「楽しかったみてぇだな、よかったじゃねーか」
「宍戸は?」
「俺は大晦日に長太郎と行ってきた」
「あー良いなーオレも侑士捨ててついてきゃよかった。アイツこたつ気に入っちまって結局行けなかったんだよなー」

冬休み明けのテニス部部室。引退したはずの3人が部をひやかしに来ていた。

「ひよしなー、帰りの電車で寝ちゃって、まじすっげーかわいかったの!」
「アイツが寝るなんて珍しいな」
「ジローが夜中まで付き合わせるから疲れちまったんだろ」
「おれも眠かったんだけどさー、アレは寝たらバチあたってた!」

きゃいきゃい騒ぐジローのうしろでドアの開く音がした。

「おー長太郎、休憩か?」
「チョタチョタ聞いてよ、日吉がね、」

鳳のうしろから、なにやらカタカタ音がする。

「……アンタは…っ」

大柄な同級生のうしろに隠れて見えなかった日吉が、耳まで真っ赤にしてジローを怒鳴り付けに行くまで、あと15秒。
一番に向日が部室から飛び出し、宍戸が笑いながら鳳の背中を押して出ていく。
そしてドアのしまった一瞬後、

部室には日吉の涙混じりの怒鳴り声が響き渡った。