おれのバイト先の常連さんは、たぶん変なこです。



大学生ともなれば、中高程毎日を部活と他愛もない遊びに費やすわけでもなくなって、それで金を使わなくなるかと言ったらむしろ逆で、おれも高校の時は自分ちの店番したり簡単な手伝いみたいな軽いバイトしてたけど、結局、高校出てからクリーニング屋は数えられるくらいしか手伝ってないと思う。やるときゃやるけどさ。
いつまでも自分の家でバイトってのもどうかと思うし、店番は暇で寝ちまうしそれで母ちゃんに思いっきし殴られるし時給よくないし。

濃い紺のエプロンをつけて、本棚の間をうろうろと歩き回る。深緑のより青いやつのが何かすきだ。
腕に抱えた本の山を一冊ずつ棚に揃えて、時々小さな子供から薄っぺらい絵本なんかを預かって、おれを呼ぶ声が聞こえたらカウンターに入る。

上がったり下がったりするイスにぽすんと座る。
ちょうどそのタイミングで、中学生くらいの女の子が貸し出しに来る。ふたつ結び、めがね、セーラー服。真面目っぽい。優等生っぽいな。
ぴぴぴっと貸し出し手続きをして、返却期限を伝えて、ありがとうございました、で見送る。

やーっぱ、退屈、かなあ。

来る人来る人見てんのは面白えんだけど。
こないだ交代で入った児童図書館の方行きたい。あっちはこっち程退屈じゃなかった。小っさいこはうるさいし元気だし。

あーあ、なんて思いながら、ふと目線を上げる。

あ。

「………来た」

ここの近くの、高校の制服。割と目立つきれいな髪してるからここからでも見える。
多分、大学1年目のおれとそんなに年は変わんないんだろう。
細っこくてすらっとしててちゃんとは分かんないけど(おれは座ってっから)おれよりも背はでかいかもしんない。

おれがそうだったってだけの話だけど、高校生の大半は図書館なんか来ない。
あとカウンター入ってて分かったことは、図書館に来る学生のほとんどが用があるのは本じゃなくて1階の学習室か館内フロアの机で、本を借りに来るひとって割とレアみたいだ。特に中高生くらい。

貸し出しの手続きする時って嫌でも本が目に入るわけだから、ちょっとインパクト強かったりすると意外と覚えてるもんだ。
そうなんだよ、あいつ、そのインパクトが強かったんだ。

こないだはじめてそいつを見た時おれはうとうとしてて、やっぱ半分かそれ以上くらい寝ててぼけっとしてたんだけど、うん、目ぇ覚めた。

その一発目の本のタイトルを思い出したところで、視界にまた分厚い本と雑誌が滑り込んでくる。

きたきたきた。

今日も面白えな。
『新説・七不思議』とか『日本に実在した! ミステリーサークルと宇宙人の痕跡』とか。

こいつはほんと頻繁に来てるみたいで、ちょっと勉強のっぽい本も借りてくけどやっぱし 変な本≧勉強の本 って感じ。

面白がってるなんてバレないように素知らぬカオで、使い込まれた貸し出しカードを受け取る。マニュアル通りの「利用券はお持ちですか」を言う前に差し出される。
短めに切り揃えた爪の手はきれいだ。男の割に指ほっせえの。白いし。
最初女子かと思った。
カードを読み取って先に返す。
ほら、おれのと並んでわかりやすい、やっぱり指がすらっとしてんだ。
財布にしまうだけの動作にも無駄がない。すーっと流れるみたいな感じ。

こないだは本見て、笑いそうになるのとガン見しそうになるのをこらえるのに必死でよく見たことのない顔を何気ない感じで盗み見てみる。

長い前髪からちらっと見えた瞳はすっと上がって意思が強そうで唇も愛想がいいとは言えなくて、けど何て言うか全体的に女の子っぽいわけじゃないけど、ごつい感じはしなかった。きれいっつっていいのかな。

何も言わないで姿勢よく待ってるいいこ(真面目そうには見えるんだけど優等生っぽくは見えない。なんでだ)が持ってきた変な本のバーコードに機械をあてて、1冊に薄水色の紙を挟んで、14日までにご返却くださいって言いながら重ねた本たちを渡す。
にしてもこんなんうちの図書館のどこにあんだろなー。
この間気になって整理してるふりでうろうろ探してみたけど見つかんなかった。
今度こいつが探してる時に後でもつけてみっか。

受け取って、軽く会釈をして鞄にしまいながら帰っていく。

バイト中の退屈しのぎ、おわり。
退屈しのぎにしちゃ食いついてんな、おれ。びっくりだ。



「あ、今日から手伝いの子、増えるからさ、指導してあげてよ」

そう言われて、特に何も興味もなくてくてく着いてく。

あの変なやつ――ひよし――は、週2くらいの間隔で来て変な本を借りて帰ってく。
その間もずっと爪が指を越えるまで長くなったことは1回もなかった。
何でこんなんなってんだろうなおれ、とか思いながら見たカードの裏に予想を裏切らないかっちりきれいな字で書いてあった名前。食い付きすぎだろ。
「日吉若」
ひよし、わか?
ひよしはひよしであってると思うけど。

連れられて入った裏の休憩室。
今日から増える手伝いの子、が、立ち上がって軽く頭を下げる。色素の薄い髪がさらりと耳から頬に落ちる。

「日吉、若です。よろしくお願いします」

ぶっちゃけびっくりして、そりゃたまげんだろ、勝手に面白えやつだとか思って、よく分かんねえけど割と気にしてたっつーか見てはいたやつがエプロンつけてここにいんだもん。

ビビって無意識にでかくなった目をあわてて笑いに変えて、開いた口をそのまんまに声を出して、何歩かとととっと近づく。
握手握手、って感じで、右手を出す。
握ってみてだけど、今までカードと本の受け渡しで甲の側しか見たことなかった手の掌は、マメだらけのごつごつした野郎の手だった。

はじめて聞いたそのこの声は、見た目でしてた予想よりもかなり低くてびっくりした。おれより低いかも。

「おれ芥川慈郎な! よろしく!」



5月5日、常連さんの変なこは、おれの後輩になりました。





ジローさんハッピバ!!
誕生日にノット知り合いパラレルなんてすみません。
ジローさんが図書館でバイトしてたらたぎる!という突発的な思い付きがこんなんになってしまいました。
正直やっつけ感が否めないのでまた加筆修正します。

100505


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いつからだったのかはわかりません。
名前を確認したときからかもしれないし、もっと前、はじめて相手をしたときからなのかもしれません。

〇月×日、おれの後輩は、おれのすきなこになります。