今すぐに起きてくれないと、別れます





ここ数日の灰色の寒さから抜け出したように暖かい陽射しに、白いポロシャツと淡いひよこ色のくせのある髪はよく似合った。
時折思い出したかのように吹く風はやはり冷たいけれど、動いて火照った素肌にはそれも心地いい。

「……本当に、やるんですか?」
「今さら!」
「俺が?」
「若がやんのがいちばんだろ」
「何処にその根拠があるんですか…」
「いーいからさっさと行け!」

立ち止まって渋っていた日吉を向日が押し出す。渋っていた、というと若干語弊があるかもしれない、本心から心の底からそんな阿呆らしいことには付き合っていられないと、そういう呆れきった疲れきった表情だ。要するに渋っているのか。

「わかりましたよ……。起こせばいいんでしょう」

目をふせて溜め息をついて、面白そうに眺めている先輩たちを背中に押し出された方向へ歩いていく。数歩で止まる。
一瞬何かに躊躇ってそのまま顔を下へ向けた。

「起きてください、芥川さん、」

起きる気配はない。
こんなもので起きるような相手ならば誰も苦労はしないだろう。

「日吉、いつもそんな起こし方なん?」
「バッカじゃねえの侑士、こんなんで起きんなら実験もへったくれもないじゃんよ」
「俺たちのことは気にしないでくれていいからね!」
「そうやで鳳の言う通り、さあさいつもどおーりに、旦那さんを起こしたってください」
「何だそれ」
「新婚さんの朝ごはんのナレーション」
「ふうん」
「誰が……」

背後で好き勝手に繰り広げられる会話に勢いをつけて振り返る。前髪の隙間から覗く瞳はいい加減にしろ付き合ってられん俺は帰ると怒鳴っていた。

「まあまあ落ち着いてね日吉。まずはちゃんと起こさないと先に進めないからさ?」

カメラを構えた滝に微笑まれ、それしまってくださいと言って、未だ眠りこけている金髪に視線を戻した。
半分諦めたような(その表情で、ここに至るまでな散々抵抗してきたことがうかがえる)表情で今度はしゃがみこんで、少し顔を近づける。
その瞬間に後ろのギャラリーが面白そうな顔をしたのに日吉は気がついていない。

「………芥川さん、起きてください」
「…う、〜」
「え、もう起きちゃいました?」

日吉が声をかけると小さく声をもらした慈郎に、がっかりしたような焦ったような声をあげたのは鳳だ。

「アホか。あんなん起きてねえよ」
「うーっしそれでは日吉くん! 第一段参りましょー!」
「しっかり聞こえるように言うんやで、耳元でな」
「楽しそうですね……」

寝太郎の幼馴染みからの言葉を聞いて、日吉に一歩近づいて面白そうに急かす。

「言えばいいんですね、言えば」

諦めた表情の中に若干恥ずかしそうな表情を滲ませてもう一度しゃがみこむ。
そして右手を口の傍に添えて目をふせる。
そしてひとこと。
ひとつため息の後、先程の「起きてください」と同じような声色で紡ぐ。

「…………。お客さん、終点ですよ」

彼がその「台詞」を言い終えた途端に、後ろからは「どうよ?」「効きました?」とちんまりとした大騒ぎが聞こえる。
やはりというか当然というか、仕込み元はわくわくと見守っている先輩連中らしい。

「起きてねえな」
「起きてませんよ」

宍戸の言葉に否定の肯定を返して、膝を折ったまま振り返る。

「で? 次はどうするんですか。まだ何かあるんですか」
「じゃあ次!」
「こっちのが起きる率高いらしいですね! 起きるかなあ」

温度差のあるギャラリーに促されてもう一度屈んで同じ格好に。
その表情に恥じらいは微塵も感じられない。完全に開き直ったらしい。

「……メール、メール見ちゃったんですけど」
「……どうですか?」
「起きてねー、な」
「残念、やっぱりジローにはどっちも効かないのかなあ」

寝惚けているのかいないのか寝相なのか愛なのか、うにゃうにゃと何事か唸りながら全身で絡み付いてくる慈郎を何とかほどこうともがいている日吉に、一旦カメラを下ろした滝が三歩歩み寄った。
真っ赤に染まった顔にさらりと髪を寄せて耳元で何事か囁く。

「それを、俺に言えと」
「絶対起きると思うよ?」
「だから何処にその根拠が」
「いやだったらちょっと言い方変えてもいいからさ、ね」

首に人ひとりぶらさげたまま何か考えていたようだったがしばらくして顔を上げて言い放った。
後ろから眺めていたギャラリー陣はその非情さに涙したとかしていないとか。
便利だなと思った宍戸であるが日吉限定だから教室では無効かとすぐに思い直した。
日吉さえ引きずってくりゃ便利じゃね、と思った向日はこれも回数使ったら使えなくなる手かとも思ったらしい。鋭い。

とにもかくにも、日吉は半信半疑どころか8割方信じてはいなかったけれど、絶対に起きると言われたその台詞を、彼なりに噛み砕いて告げたのである。






(そりゃ飛び起きますってば!!)






(なあ、あんなこと日吉に言わせたらジローかわいそうと違う?)
(ん?)
(とは思ってへんけど。すきですよ〜とか言わしといても効果変わらんやろ)
(ああ、あの台詞そのまんま日吉に吹き込んだと思ってるでしょ)
(違うと)
(ふふ、おれはね、「俺のことが好きなら起きて」って言ったらって言ったんだよ)
(あらら)





大抵の人は「お客さん終点ですよ」と「メール見ちゃったんだけどさあ」で起きるらしいです。
こういうこと試してみたいお年頃。
「すきなら起きてください」を噛み砕いてみたものの「別れます」だと付き合ってるのを自分で公認してるってことに気がついていない若くんなのでありました。
100225