「お前の身体欲しいわー」


ざーいーぜーんー、と心底暇そうな声にちら、と顔を向けると、その人は頬を赤く染めて息を切らしながら机に突っ伏していた。
上半身からは完全に力が抜けて両腕は伸びきっていて、手首から先が机から落ちてゆらゆら揺れている。

「なんスか先輩。後輩にセクハラ発言とかもうドン引きっスわ」
「なーにがセクハラやねん。暑さで頭やられたんと違うか?」
「年中無休で頭沸いてる先輩よりマシです」
「うっさい。別に沸いとらんわ」
「目ぇチカチカするんでそのアホみたいな頭どっかやってくれません?」
「そこまで貶すか!」

珍しく大人しかった声も、すぐにいつもと同じ無駄にテンションの高いものに戻った。
元からさほど暑さにやられているというわけではないんだろう。ただ直射日光のあたる屋外にいて一瞬疲れてダルかっただけ。
日の当たらない涼しい部室に入り浸って数分もすれば汗も引く。そうなればまたいつも通り。

大体、暑さに弱いのは自分の方なのに。

「アンタなんかどんだけ暑くてもフラフラどっか行ってまうんでしょ」
「なんやお前オカンか!」

適当にあしらうようにそう言って着替えを再開すると、また机に身体を乗せて腕を伸ばした。
汗は引いても、まだ身体は火照って熱いらしい。
赤みの引かない頬を机の表面にぺたっとくっつけて、目線だけ俺に向けてくる。

「……それヤバいっス」
「は?どれ?」
「幻聴です」

腹がたつ程に鈍感な先輩の、無意識かつ無防備な上目遣いを眺めながら、何やかんやでほとんど進んでいない着替えを続行する。

「オレかて暑かったら大人しくしてますよ」
「100パーセント絶対何があっても嘘ですわ」
「いや言い過ぎやろ!」

先輩はきゃんきゃん吠えているが、俺としては、十中八九外れていないと思う。
この人はひとりで、
ひとりで光の中に飛び出して飛び込んでしまいそうで。

「やー、ほんまに、お前の身体欲しいわぁ」
「せやから何なんスか」

欲しいのはこっちの方だと言うのが分からないのだろうか。
言ってみても言葉の真意になんて気付きやしないんだろう。

「このニブチンが……」
「いきなりのキャラ変更?」
「気にせんといて下さい」
「ふーん?でもまぁほんま、光はええよなあ」

この人は特に何の意味もなく、他人の呼び名をコロコロと変更するから、時々らしくもなく動揺する。
感情を表情に乗せないようにするのは昔から慣れ親しんだ行為だと言うのに、その心拍数の上昇を隠すのに苦労するのだ。

辛うじて普段通りの表情と声色を保ちつつ本音を返す。

「何がですか。俺のこの聖人君子の如き忍耐力と理性のことっスか」
「何の話やねん」

もういっそ褒め称えてもらいたいくらいに我慢して我慢して我慢しているのだが。
その辺の奴ならもうとっくに襲ってますよ。

「んなワケわからんモンやなくて、」

ワケわからんとか言いやがった。
自分が置かれてる状況わかっとんのかこの人は。

「身体やねん。カ・ラ・ダ、ボディー」
「だから何なんスか、って言うてるやないですか、さっきから。返答次第ではアンタの身の安全は保証出来ませんので悪しからず」
「怖!」
「で?」
「ん、涼しそうやなーと思って」
「は?」
「だって体温低いやん?光」

そういうことか。

「ま、お子さま体温の先輩に比べりゃ低いっスわ」
「やろ?いっつもいっつも涼しげで羨ましいんじゃボケ!」

へら、と笑って拳を突き出してきた。

「ところでオレの身の安全は保証されたか?」

にやにや笑ってわざとらしい口調で聞いてくるその人の後ろにまわって、自分もわざとらしい口調で答える。

「保証したりますよ」

そのまま、椅子に座る先輩にのしかかった。

「うお重っ!保証されてない保証されてないオレは今現在自分の身に危険を感じる!」
「もうそろそろ大魔人白石がやってくるんで。しゃーないから俺がヘタレの先輩守ったりますわ」
「ホンマか!頼むで〜勇者光!」
「はいはい」






は、初めてトライ! いや辛い!
どなたか正しい関西の方の話し方講座をお願いします。

実は好きなカプでやりたかったにっきネタを。
初めは不二菊で考えてたんですけど、これ以上にオチが見当たらなくなりまして断念。
入れたかったネタが幾つか漏れちゃったので、もうひとつ続きを書けたら書きたいです。
それにしてもうちの財前にはツン度が足りない気がします。