「ジャッカル先輩って、すっげえ愛されてるんスね」
「……はあ?」

隣でバタバタと慌ただしく着替えていた1年坊主の生意気な後輩が、真っ赤なTシャツに腕だけを通した中途半端な格好で、そういえば、とクセのある頭を向けてきた。
何がそういえばだ。

「誰だそれ…」

すっげえ愛されてるジャッカル先輩なんて知らねえぞ俺は。
自分も着替えながら随分低い位置にある黒髪を見た。
真隣にいるから、思い切りつむじを見下ろす形になる。

「丸井先輩っスよ!」

Tシャツを丸めて放り投げて、黄色いポロシャツから黒い頭がずぼっと出てきた。
俺の言葉を「誰に」だと受け取ったらしい。

「ブン太?」
「そっス」
「…ブン太あ?」

突然「愛されてる」なんて言うもんだから、どっかしらで女子の影を期待していたのかどうかは分からないけど、まあ、拍子抜けというのか何と言うのか、気の抜けたような声が出た。

嫌われてるよりは断然いいのかもしれないっつーかいいに決まってるし、嫌われてはないんだろうけど、何だ愛されてるっつーのは。
愛してるも好きだも英語にしてしまえばアイラブユーだから愛してるを選んだことに意味はないのかもしれないけど、日本人はそういうところ細かいはずだ。そもそもこいつ英語ダメじゃねえか。

まあそれでも1年だし赤也だし、そんな深い意味はないんだろ。

「で? 俺がブン太に愛されてるって?」
「そっスよ!」
「それ疲れたからゴネてるとこ見たとかそういうんじゃないのか」
「違いますよ。それはパシられてんでしょ」

言うじゃねえかチビ。
実際そうなんだろうけど放っとけない性分なんだ仕方ないだろが。

「そうゆんじゃなくて! 昨日なんスけど」
「ん?」

Tシャツからポロシャツに着替え終わって、こそっと何か言いたいように背伸びをして見上げてくるから、軽く膝を曲げてやる。
手を口に添えて耳打ちしてきた。子どもみたいに。
生意気だし実力はあるったって、ちょっと前までランドセル背負ってたんだよなあとふと思った。

「昨日オレも丸井先輩も遅刻で説教食らったじゃないスか」
「ああ、真田にな」
「でもあれギリッギリ間に合ってたんスよ! 酷いっつのあのオッサン!」

耳との距離1センチでの大声に顔をしかめて顔を離したら、本題から逸れたことを思い出したのかまた声を小さくしてシャツの肩を引っ張ってくる。また屈む。しょうがねえな。

「だからここで着替えてる時いっしょだったんですけど、ギリギリ間に合うくらいだったからすげえ余裕こいてたんスよ。んでなーんかブツブツ言ってて」

屈んじゃいたけど、さっきほど近くはなかった距離をぐいぐい狭くして今度は両手で俺の耳に向けたメガホンを作った。

「『ジャッカルの後ろの席になれますようにジャッカルの後ろの席になれますようにジャッカルの後ろの席になれますように』って言ってたんスよ! ずーっとブツブツ」

こしょっと言って、満足したように踵を下ろした。
また旋毛が見える。

「いっやー、結構怖いっスよ? 誰もいない部室から聞こえてくる男の声!」
「いや、いたんだろ、お前とブン太が」
「細かいこと突っ込まないでくださいよお。怖いことにゃ変わりないんスから」

まあ、そりゃそうだろうな。
理由はどうであれ、低い声(あいつは低く何かを呟くとまるで呪詛のような重苦しい声になるのだ)でブツブツ聞こえ続けりゃそりゃ怖い。俺だって怖いわ。

何を考えてるのか、まあそれは置いておくとして、唇の端っこを吊り上げている黒髪の後輩に、放課後の部室から聞こえる男の呪詛の真実を教えてやろうと、とっくに着替え終わって用のないロッカーから手を離した。

「おい赤也、」

自分の着替えだけ終わったらもう飛び出しそうな赤也を呼び止める。
よく見たらやっぱり着替え終わってなくて、腹出して踵を踏んだままの1年に

「赤也!!」

赤也よりもさらに向こう、開いたドアの方から怒号が飛んできた。近くでもたもたしていた別の1年の肩がびくっと思いきり跳ねて掴んでいたウェアが落ちた。

「げ!」
「げとは何だ赤也! 昨日の遅刻の分早く来いと言っただろう! 何をだらだらしている!」

怒鳴る真田に引け腰ながらも、丸井先輩だってまだ来てないじゃないスか! と突っかかって返すと、仁王立ちの肩のあたりから、ひょいと赤い頭が出てきた。

「ざーんねーんでーしたー」
「!」
「おれはお前と違って要領いーいの、バカ也」
「こンのガムブタ…!」

真田の背に隠れてざまあみろと舌を出すブン太に赤也が犬歯をむき出しにする。
片目をつむりひらひらと手を振って部室から出る背中を追いかけて、真田の脇をすり抜けて飛び出して行った。

「こら! 赤也!」

新入部員を怯えさせるだけ怯えさせて、嵐のように真田もいなくなった。

「ほら、お前らもさっさと着替えないとああなっちまうぞ」

やれやれだ。
そういえば、赤也に話し損ねたな。
まあそのうち気付くだろ。

俺もとばっちりを受けそうだと、急いで外へ出た。




(そういや丸井せんぱい)
(んー?)
(愛しのハゲ先輩の近くの席にはなれたんスか?)
(あー、くじで隣引いた)
(よかったじゃないスか! 呪いの効果っスね!)
(あ? ニヤニヤすんな気味悪ぃ)
(いー)
(隣じゃ意味ねンだよ)
(は?)
(ま、おれ様の人脈と天才的交渉術でジャッカルの後ろはキープしたけどな)
(はあ?)
(あーこれであと1ヶ月は平和に寝れる!)
(あー…)




ハゲガムレッドがめっちゃめちゃすきです!
同じネタで忍足と岳人にやらせようかとも思ったんですけど結局立海にしました。1年2年時!

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