ホッケーが目についたところで、宍戸と向日が声と手とを勢いよくあげた。

「オレ、対跡部チーム!」

高々と宣言する。
その宣誓に便乗したのは慈郎と日吉で、慈郎の方は「跡部と違う方がぜってえ面白いC!」と瞳を輝かせて子どもらしく笑うが、一方の日吉はというと目を細め唇の片端を吊り上げてにやりと笑う。見るからに愉しそうだ。機嫌が悪くなっているせいもあるか、少々怖い。サディストらしい笑みである。
周りにも聞こえる呟きは当然の如く「下剋上だ」。

「え……、チーム分けとか、あるんですか?」
「いや時と場合によるやろ」

きょとんとした表情で後ろにいる盛り上がりに欠ける伊達眼鏡の先輩に話を振った鳳は確実にゲームセンターから浮いていた。
本当のところ彼の性格上、頼りにしきっている短髪の先輩(今は打倒跡部に燃えている)の方へ行きたいのだろうが、向日と慈郎、同級生の日吉に、いつの間にやら忍足までもがバーサス跡部チームに回ってしまった今、それは出来ないに違いない。
生真面目に悩み始めるところがまた彼らしさではあるが、周りの人間から見れば阿呆らしいことこの上ないのである。

「俺はどっちでも構わないよ?」

滝はいつだって「面白そうな方」につくのだ。この場合どちらでも面白いと踏んだのだろう。

「ふ、テメエら全員だって俺様には敵わねえんだよ」

跡部バーサスレギュラー全員、アンド滝。
結果的に鳳も樺地も、対跡部チームにつくことになった。良かったのか悪かったのかは謎だが。

「誰から行く?」
「では一番手は俺が」

すっ、と、日吉が前に出る。

「下剋上、させていただきますよ」
「行っけ斬り込み隊長!」
「こっちが勝ったら何か奢れ跡部!」
「上等じゃねーの。何でも奢ってやるよ、俺様に勝てたらな」

跡部も相当乗り気である。
とてもガチャガチャとしたゲームセンターのホッケーの前でする表情とは思えない。
そもそも今日の支払いが全て跡部持ちだという事実を忘却の彼方に置いてきてしまっているようだ。

「まだまだお前如きにゃ負けねえよ日吉」
「余裕ですね。足下掬われますよ」
「それではいきますよ〜、レディ、」
「げ!」

鳳がコールをしたその時、向日が焦ったような声をあげた。
視線は通りに面したの出入口に向いている。

「やあっべ、ちょ、宍戸」
「あ? ……あ、」
「どないしたん?」
「すーずーむーらー…」
「え、嘘!」

ちょうど向日が指差した先には、科学担当の穏やかな教師がいた。
因みに立ち寄りがバレるともれなくお説教である。

「おいこれ、確実にバレてるよな……」
「オレと侑士こないだもつかまってっからやべえぞ」
「あん時は岳人が騒いだからバレたんやん!」

ギャラリーが大騒ぎし始めたのをよそに、本気のエアホッケーは進んでいく。そもそも聞こえてくる擬音がおかしい。普通ゲームセンターのホッケーからガション! ガッ、ドガン! なんて聞こえてこない。

「チ…、いい加減負けて貰います、よッ」
「でかい口叩くようになったなァ日吉!」

熱中しすぎて周囲の声なんて耳に入っていないのだろう。

「この調子じゃ跡部にうまく言って誤魔化させる、っつーのも辛いで」
「うわ使えねー!」
「あーすずちゃん?」

慈郎が暢気な声を出す。
「すずちゃん」と言ってはいるが鈴村先生は男性教員である。
穏和な性格なのか、お説教もあまりなく慈郎がどこで寝ていても怒鳴り付けることなどないため、彼のお気に入りだ。

「すずちゃんなら見っかってもスルーしてくれっからダイジョーブ〜」
「あ、そういやオレ一回見逃してもらってるわ」

ほっと安堵した面々に、滝が一言。

「ねえ、じゃああっちは?」

あっち、と滝のすらっとした人差し指で指された先に目を向けると、

「げ」
「クマ…!」

そこに見えたのは生活指導の体格のいい教師だった。
校則違反にやたらと厳しいことで有名である。
岳人や慈郎、宍戸、道連れで忍足も、それなりに頻繁に説教を喰らっている。

「ちょ、ヤバいマジで」
「ど、どどどどうしましょう」

先生からのお叱りなんてそうそう受けずに育ってきただろういい子ちゃんの鳳は審判をすっぽかしておろおろしている。元々審判が必要ないくらい1回のラリーが長いのだけれど。

「もう見つかっちゃってるねえ、さっきからこっち見て固まってるもん」
「どうするんですかあ」
「なもん決まってんだろ、逃げる!」
「おうよ!」

未だに現状が見えていない、というか目の前のエアホッケー以外はアウトオブ眼中な日吉の腕を宍戸が引っ掴んで走り出す。
向日は既に走り出していて、慈郎はへらへら笑いながらそれに付いていく。

「な、え、ちょっと! なんなんですか!」
「今振り向くなよ若。オマエ多分まだ顔見られてねえから、運良きゃバレてねえぞー」
「……だから立ち寄り厳禁だって言ったのに! それに俺、荷物置きっぱなしです」
「マジ〜? おしたりー、取ってきてよ」
「アホか!」
「仕ッ方ねえなー、侑士行ってこい!」
「やめえ!」

忍足のブレザーの胸ポケットに手を伸ばして生徒手帳を強奪しようとしたが本人に阻まれた。
向日には、忍足の生徒手帳を教師に投げつけて自分は逃げ切ろうとした前科がある。全体的に向日岳人というこの男、自分のパートナー相手に非情だ。

「あの! 跡部さん置き去りですけどっ」
「あー、いいのいいの。寧ろアイツが適当にクマ言いくるめてくれることを期待してる」
「右に同じく!」

とりあえずアイツに手帳取られっと長えから逃げっぞと叫んで、なあなあこのままマック行こうぜ跡部の金まだあるんだろ? じゃあモスにしようよー、とのやり取りがあって、

数時間後、氷帝の王さまからこってりお説教を受けたのは言うまでもない。





善乃さまへ!
お誕生日おめでとうございました!

「氷帝メンツでゲームセンターに行くお話」ということで、なんだか出番に偏りがある感じですが…クレームはばしばし受け付けておりますので!
リクエストありがとうございました!

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